おとななこども

 連絡が入ったのは、丁度お昼時にさしかかる直前のことだった。どうして自分の携帯電話に…と不思議に感じたが、すぐに、ここ一週間ほど家を留守にしている阿笠博士の存在を思い出す。

 すみません、午後は急用のためお休みさせていただきます、と職場の上司に声をかける。自分のペースで進められる仕事に就いていてよかったと、こういうときに実感する。

 そのまま帰る支度をし、真っ直ぐ彼の通う高校に向かう。ここから20分もかからないところに位置していた。



 学校に着き、迷うことなく保健室へと歩を進める。この時間はお昼休みだからか、廊下を行き交う多くの生徒とすれ違った。――なんとなく視線が痛い。今の、新しい先生かな?という声が聞こえる。確かに30手前の年齢では、高校生の保護者には見えないだろう、と他人事のように思った。


 ガラリとそのドアを開ける。すると、すっかり顔なじみになった養護教諭が迎え入れてくれた。自分より5つ、6つほど年上の女性で、明るく気さくで接しやすかった。


「 ごめんなさいね、お忙しいでしょうに 」

「 いえ……あの、江戸川くんは… 」

「 4限の体育で倒れたらしいわ。いつもの貧血みたいです 」


 一つ一つカーテンで仕切られたベッドのほうに目を向け、苦笑いして説明する。そして、そうだ宮野さん、と続けて言った。


「 休み時間でバタバタしていてね…少し抜けますので、もう、すぐに帰宅するのか、話しておいてくださる? 」

「 ――…はい、…すみません、ありがとうございました 」


 慌ただしく保健室をあとにした後姿を見送り、ふーっとため息を吐いた。

 そして、そっとベッドのカーテンを開けると、目の前で横になっている江戸川コナンの姿を確認した。胸元あたりまで布団がかかっている。眼を閉じてはいるが、寝ているようではなかった。

 室内には他に誰もいないため、遠慮なく声をかける。


「 ――だから言ったのよ、きちんと朝食とって薬飲まなきゃって… 」

「 …………… 」


 昨晩、些細なことで口論になったことを思い出す。――とは言っても、売り言葉に買い言葉はいつものことで。時間がたてば普段通り、自然と会話していることが多かった。

 だから今朝も、いつも通り一緒に朝食をとり、彼は学校に、自分は職場に行くつもりでいた。――けれど、気付いたらいつの間にか家を出ていた彼と、顔を合わせることはなかった。


「 いつまで意地はってるの?…ガキじゃあるまいし 」

「 ――ガキだろ?…見てくれは 」


 誰のせいだと思っているんだ。後にそんな言葉が続きそうな表情で、こちらを見上げてくる彼と目が合う。またため息が出そうだった。

 ギシッ、と彼と向かい合うようにその枕元に座る。やわらかく漆黒の髪に触れ、優しく撫でた。


「 工藤くん 」

「 ――上のって 」

「 …バカなこと言わないで 」


 髪を撫でている自分の手を両手で握り、額を冷やした。少しだけ青白い顔色。起き上がるにはまだ時間が必要かもしれない。


「 ……心配かけてごめん 」

「 心配なんかしてないわ 」

「 顔にかいてある 」


 ああ、じゃあ言い訳できない。本当に心配している自覚なんてしていないのだけれど。人の、特に自分の表情の微妙な変化を読み取るのが得意な彼が言うのだから、そうなのかもしれない。――ハッタリの可能性もあるが。


「 今日は泊まってって 」

「 ……私、明日の朝早いの 」

「 そんなに時間かけない 」

「 …………… 」

「 ――…宮野 」


 切なそうに自分の名前を口にする。それがたまらなく愛おしいと感じる。

 ――いつからだろう。どんどん深みにはまっていくのが分かる。昨日より今日。今日より明日。抜け出せない渦の中で、せめぎ合う2つの気持ちと戦う。

 ‘別にいいじゃない’‘こんなのダメよ’…ハッキリとした答えは出ない。


 彼がこちらに手を伸ばす。それに応じるように身をかがめ、そっとキスをした。――と、次の瞬間、頭をしっかりと固定され、離れようにも離れられなくなる。絡み合い、貪るような口づけを繰り返した。生温かい感触が、さらなる欲望をかき立てる。


 こうなってしまえば、なすがまま。なされるがまま。逃れる気なんて、さらさらない。高揚する気持ちをそのままに、胸元にかかる手を拒みはしなかった――…。




End.


pixiv CANDY CANDY 2014.08.18