ぎりぎりセーフ

 日が西に傾く頃。人気がなく、多数の倉庫とコンテナが並ぶ港で、連続殺人事件の犯人グループを追っていた。

 これまでの事件現場に共通する特徴から、その周囲に土地勘のある人間の犯行であることは間違いなかった。そして、そこから割り出されるアクセスの良さから、この港の存在が浮き彫りになったのだ。

 しかし、工藤にはここが潜伏先だという大きな確証が持てなかった。――先ほど、馴染みある刑事から電話がかかってくるまでは。

 事件発生時と同じタイミングで、この倉庫街を出入りしている複数の人間の目撃情報があるというのだ。ここは古くから、とある企業が独占して使用している一角で、新しい人間の存在は目に留まりやすい。


 焦りと苛立ちからか、時計を見る回数が増える。コツ…コツ…と、無意識のうちに規則正しくハンドルを指先で叩いてしまう。

 警察の到着は遅れていた。――急がないと、また新たな犠牲者が出てしまうかもしれない。目の前に、犯人グループのアジトがあるというのに。


 痺れを切らした工藤は、ついにドアを開け、車から降りた。その助手席に座っていた宮野は、そんな彼の心情を瞬時に察した。そして一つため息をつき、彼に続く。



「 はぐれんなよ 」


 後ろをついてきた宮野に、工藤がポツリと告げる。――穏やかな相手ではない。グループの全貌は明らかになっていないが、複数人いることは確実であり、これまで使用されてきた凶器も様々だった。

 緊迫した状況で彼女は、分かってるわ、とだけ返した。なるべく音をたてず、倉庫の間隙を縫って奥へと進んでいく。


 ――と、そのとき、さほど離れていないところから物音がした。ガサッ、ガサッ、と段々その音が大きくなってくる。

 2人は目をあわせ、倉庫を盾に慎重に様子を伺う。

 だが…――



「 ホームレスの人よ 」


 宮野がその姿を確認し、小声で告げた。

 この倉庫街は昼間でも薄暗く、そういった人間がいても何ら不思議ではなかった。現に、ここまで来る途中でも、積み重なった古い段ボールの跡を目にしている。


「 ――先を急ぐか 」


 工藤がそう言い、そのホームレスの人間の存在を気にせず足を踏み出した。

 が、その瞬間。



「 ――志保! 」

「 ――っ… 」


 急に工藤が、ひょこっ、と倉庫の陰から表に出た宮野の腕を引き、自分のほうに抱き寄せる。

 咄嗟の出来事に言葉を失った彼女は、彼の腕の中で身じろいだ。


「 ちょ、工藤く、 」


 ギュウッ…と、あまりに強い力で抱き締められ、抵抗することができない。

 すると次の瞬間、不意に工藤が宮野の耳元に顔を寄せたため、彼女は思わずビクリと身体を震わせた。――至近距離でかかる吐息のくすぐったい感触に堪えられず、顔をしかめた宮野だったが――…



「 ずっと側にいてほしいんだ 」

「 …工藤くん… 」

「 愛してる 」


 きつく抱き締めていた力を弱めて彼女を解放し、お互いが向き合い目をあわせる。

 宮野はそっと、そのひんやりとした、しなやかな手先で彼の頬に触れると、自嘲気味に笑って言った。


「 バカね…――私も…愛してるわ 」



 それを聞き、工藤は愛おしそうに目の前の彼女の髪を撫でた。

 互いに見つめ合う2人は、両者とも容姿端麗。背格好の釣り合いも取れており、ハッと目が奪われるほどお似合いだ。――情熱の一部始終を見せつけられたホームレスは、気まずそうにその場を離れた。



 工藤は視界の端でそれを確認すると、


「 悪ぃ…もういいぞ… 」


と、少し疲れたように苦笑した。

 パッとためらいなく手をはなし、宮野はふーっとため息をつく。


「 ごめんなさい、迂闊だったわ 」

「 いや……これで分かった、それなりに計画性のある連中だ 」


 工藤が顔を険しくして呟いた。

 倉庫の角に立ち、視界の悪い周囲の状況を目で確認する。



「 行くぞ 」

「 ええ 」


 2人はさらに、その先へと進んでいった。



 ――…左足に拳銃所持。仲間だ…――

 あのとき耳をかすめた言葉は、最悪の状況が一瞬頭をよぎるものだった。




End.


pixiv CANDY CANDY 2014.08.18