キミに100パーセント

 夕方過ぎ、まだ暑さの残る時間帯に川辺を歩く。少しだけ風が吹き不快感は軽減されているが、じめじめとした空気に嫌でも汗が流れる。

 ボールでも蹴りたい、と川原でサッカーをする小学生らを見て思う。――いや、昨日は部活だったし明日も部活じゃないか、と自分に問いかけ苦笑する。1日休んだだけでサッカーに慣れた体が気持ち悪かった。


 前方に、見慣れた茶髪の少女が歩いているのが視界に入る。夕日に反射して、赤茶色がキラキラゆれていた。

 気だるそうに利き腕をさすっている。――それもそのはず、慣れないボーリングを2ゲームやったからだ。もっと言えば、慣れないボーリングを慣れない人間と、慣れない雰囲気で。


 今日は夏休み中のクラス会だった。7月にあった期末テストお疲れ様と、夏休み明け、秋に行われる文化祭がんばりましょうの意味を込めて、学級委員が企画したのだ。

 ――もちろん、それは建前であって。長い休み中に気になるあの人に会いたいだとか、純粋にみんなで集まって遊びたいだとか、それぞれの欲求を叶える企画でもある。結果、30人程度が参加に手を挙げた。

 昼過ぎに集合しボーリング場に向かい、5人グループに分かれて1ゲーム。さらにグループをかえてもう1ゲーム。それが終わったと思えば、今度はスーパーで買い出しして、保護者の待つ川原でバーベキュー。その後は花火まで予定されている、盛りだくさんなラインナップだ。


 そして今は丁度ボーリングを終えたところで、スーパーで買い出し班と、川原でバーベキュー準備班にわかれて移動中。自分がいるのは前者だが、15人前後のグループが列になって歩道をふさいでいた。


 ――あ、足元がフラフラしてきた。

 この拘束時間が長いラインナップに、彼女が終始ついていけるわけがない。たまに気にかけて様子を見ていたが、最初は明るかった愛想笑いも、今ではすっかり視線が下がり気味。

 ――そもそも夜型だし。夏とか不得意そうだし。

 浮ついた彼女の隣で、必死に話しかけている野球部の彼の心が折れたのを見はからって、そっと彼女に歩み寄る。そして声をかけた。


「 なんで参加したんだよ 」

「 ……悪い? 」

「 どーせ断れなかったんだろ 」


 学校一の美少女との呼び声高い、高嶺の花の灰原さん。


 特に驚いた様子もなく自分の問いに答えた彼女は、疲労のためかいつも以上に素っ気なかった。歩くペースがだんだん遅くなり、気付けばグループの列の最後尾にいる。


「 ――あなたこそ、どうして? 」

「 どうしてって……そりゃオメーが、 」

「 …私が? 」

「 あー……今のナシ。忘れて 」


 自主練しようと思えば、部活にだって行けた。自分だってこういう付き合いが得意なわけではなく。かといって不得意なわけでもないが。

 なんとなく行こうって思ったのは、参加者一覧!と教室の後ろの黒板に書かれた名簿に彼女の名前があったからで。――けれど、そこに特別深い意味があるかと言ったらそういうわけではなく。だからその…つまり…


「 ぬけるぞ 」

「 え? 」

「 止まって 」


 彼女の白く細い腕を引き、歩調を止めさせる。


「 2、3歩下がって 」


 丁度、ゆるやかな上り坂にさしかかっている。目の前にいる団体が坂を上り切ったのを見て、彼女の手をとる。


「 走るぞ 」


 後ろを向いて進行方向を変え、少しずつ加速して駆け出す。

 痛いくらいに彼女の視線を感じる。自分の意図をどう読み取っただろうか。――走りながらチラリと目をやると、うつむいた彼女の口元が笑っているように見えたので良しとする。怒ってはいないようだ。


 一つ目の角で曲がり、速度をゆるめる。人通りの少ない、住宅街に入った。

 すっかり息が上がっている隣の彼女が前髪をかきわけたとき、額にうっすらと汗が光ったのに目がいき、思わずドキリとした。いくつになっても綺麗だと感じた。

 走らせて悪かったな、と反省する。――その一方で、まーいっか、とも思う。



「 私、おなかすいているんだけど 」


 真っ直ぐ前を向いたまま、ひとり言のように呟いた。


「 …ああ 」

「 花火もしたかったわ 」

「 …好きだもんな 」


 不満を口にしているが、特に不満には感じていないだろうと思うのは勘違いだろうか。そうではないと思いたい。


「 別に今からだってできるだろ 」


 どこで?誰と?――2人で?

 何気なく口にした言葉に自問する。きょとんとこちらを見上げた視線には合わせようとはしなかった。――自分にもよく分からないから。


「 ……イヤよ 」

「 え、 」

「 あなた後片付けしないじゃない 」


 その言葉を噛み砕く。…ああ、彼女は2人で、と受け取ったのだろうか。

 なぜだろう、それが少しだけ嬉しいだなんて、思う。――違う、嬉しいとかじゃない。居心地がいいとか、そういうことか。この見た目とは裏腹に、全く可愛げなく容赦ない返答も、2人でいる何気ない時間も。身体とは釣り合いのとれない精神状態を共有するのも。


「 ……するって 」


 離せばいいのに、繋いだままの手に汗がにじむ。時おり重なる腕の感触がやわらかくて心地いい。――何かのタイミングで、この手を離さなければならない瞬間がくるんじゃないかって、妙な心配をした。けれど、少なくともこの帰り道だけは。暑さにほだされた今だけは。

 そうやって願って、幅をあわせて歩いた。ふわりと風が運んだ夏の夜の空気は、湿り気が混じって少しだけ切ない気がした。




End.

pixiv CANDY CANDY 2014.08.18