こうなるって分かってたじゃない。
小学校みたいにはいかない。校区も広がるし、クラスだって増える。
小学校のときだって、5人全員が同じクラスになることは1年生以来なかったが、全員が別のクラスになることもなかった。
誰か2人でも同じクラスであれば話は早い。それが仮に吉田歩美と円谷光彦であったら、マメな2人であるから、その1年は関係性が途切れることはなかった。
放課後は一緒に帰った。寄り道をして事件に巻き込まれることもしばしばあった。夏休みはキャンプへ出かけた。誕生日はパーティーを開いた。
――なんだかんだで、6年間そうして過ごしてきた。――
*
「 え~っ?!みんな別々のクラスなのっ?! 」
今にも泣きそうな顔で叫んだのは歩美だった。
春。帝丹小学校を卒業した5人は、そのまま帝丹中学校に入学した。
新しい制服は少し大きくて、まだ馴染んでいない。
あんなに小さかったみんなが、ここまで立派に成長して、と涙ぐんだのは阿笠博士だった。
その傍らで、江戸川コナンと灰原哀は苦笑いをして博士のほうを見た。
成長してる感じしないけどね、と彼女は欠伸をしながら得意のブラックジョークを吐き捨てた。
「 しゃーねーだろ?別に学校来りゃ会えんだし、何も変わりゃしねーよ 」
そう言ったコナンには、工藤新一であったという過去がある。
同じセリフを、同じく初めて中学校に入学したときに、幼馴染の毛利蘭に言われたことを、コナンは思い出していた。そしてそのときも同じように返答した。
――別に何も変わんねーよ、今までどおり一緒に学校来て、一緒に帰るだけだって …
初めて制服を着て、心境の変化でもあったのだろうか。いつも隣にいるのに、彼女の瞳には彼が別人に見えたのだろうか。
蘭は少しの間うつむいたままであったが、そうだよね、といつものように笑ってみせた。
そしてその言葉のとおり、2人は小学校のときと変わらず一緒に中学校生活を送り、それは高校にあがって、彼が失踪するその日まで続くことになったのである。
何も変わらない。変わらせない。
放課後は一緒に帰るし、寄り道だってする。もしかしたら事件に巻き込まれるかもしれない。
夏休みはキャンプに行くし、誕生日はパーティーを開く。
誰もがそう思っていた。
あれから半年。
中学校生活にもだいぶ慣れてきた。
入学したての頃は少し不安もあったが、灰原哀は、外見上は同年代の女の子と上手くコミュニケーションをとれるようになってきたこともあり、自分なりに楽しんでいるつもりだった。
それでもやはり、才色兼備な彼女である。他人とは違った雰囲気をまとっており、学校にいる時間のほとんどを1人で過ごしていた。
さいわい、哀のことを慕っている歩美が隣のクラスであったことにより、何かと気にかけてくれてはいるのだが。
窓の外を見る。
だいぶ涼しくなり、日によっては肌寒くも感じる秋の空の下で、放課後、部活動をする生徒がグランドにはたくさんいた。
その中でひときわ目立つ存在であるのがやはり江戸川コナンだった。
「 せーのっ 「「 コナンくーん!! 」」」
女の子の集団が一斉に彼の名前を叫ぶ。
サッカー部に所属しているコナンは、最近メガネをかけなくなったこともあり、ますます女の子にモテるようになったようだ。クラスが離れている哀も、江戸川くんがコンタクトにしたらしいんだけど、それがすっごくカッコいいんだって、という噂を耳にはさんでいたが、あれはダテメガネだと知っている彼女は首をかしげた。
もう正体を隠す必要がないからであろうか。得意のサッカーをするのに邪魔になったのであろうか。
彼がメガネをかけなくなった理由は哀には分からないが、おそらく最近婚約した彼の幼馴染にも原因はあるのだろう。
小学校までは毛利探偵事務所でお世話になっていたコナンも、中学校にあがってからは自分の元の家に戻っていた。
それがきっかけで、コナンと蘭が顔を合わせる機会を失ったのも確かだ。コナンがメガネをはずしていても、蘭と顔を合わせることがないのだから、蘭が失踪した新一にコナンを重ね、思い悩むこともない。
ま、私には関係のないことだけど。
関係のないこと。
最近、何でもそうやって自分に言い聞かせている。
いくら隣に住んでいるからといって、コナンと哀が顔を合わせることは少なかった。
コナンはサッカーの練習がある、と言って朝早くに学校に向かってしまう。そして放課後の時間いっぱいまで、サッカーの練習を続ける。毎日、毎日。
探偵事務所を出て、最初のころは一緒にご飯を食べることも多かったが、今ではそれも少ない。
彼曰く、朝も夜も時間を合わせることはできない、灰原たちに迷惑がかかるから、だそうだが、本当のところは知らない。
彼がどんな生活をしているのか、何を思っているのか、とか、哀は少なくともこの半年のコナンの動向について、ほとんど耳に入らない状態にあった。
関係のないこと…
キリっと下腹部が痛む。
最近、順調に身体にも成長が見られるようになってきた。子どもだった身体から、大人の身体へと変わる。ホルモンのバランスが乱れる。
この成長は、彼女にとっては事実上2回目であった。順調に成長できていることは喜ばしいことだが、同時にわずらわしくも思えるツキノモノが必ずセットでついてくる。
哀はふーっとため息をついた。
こうなるって分かってたじゃない。
ずっと一緒にだなんていられないんだ。今はまだましなほう。これからもっと忙しくなって、時間が合わなくなって、顔を合わせることもなくなって…
そんなことが寂しいだなんて。
ダメね、情緒不安定で心が弱ってる、苦笑する。
早く日直日誌を職員室に届けて、今日は真っ直ぐ家に帰ろう。そして何かあたたかい体にやさしいものでも作ろう。
哀は廊下を足早に歩いた。
少し貧血気味でもあった。額の冷や汗をハンカチでおさえ、やっとの思いで職員室に入り、日誌を所定の位置におく。そのまま昇降口に向かい、自分の靴を手にとったところで哀は、壁にもたれかかった。
どうしよう、保健室で休んでいこうか、と迷いながらその場に力なく座り込んだ丁度そのときだった。
「 灰原? 」
顔をあげる元気もなかった。というか、あげたくなかったのかもしれない。
その声を聞いて気づいた。泥だらけになったスパイクを見て確信した。
「 灰原だろ?なあ、おい大丈夫か? 」
「 工藤くん…なんで… 」
「 なんでって… 大丈夫なのかよ?保健室いくか? 」
放課後の練習中のようだった。少し息を切らして走ってきたかのようにも思えた。
ああ、なんでこの人は、こんなにもタイミングよく…
安心感が、表情に出さずにはいられず、少しだけ笑ってしまった。
「 …灰原? 」
「 大丈夫。もうじきによくなるわ 」
「 立てるか? 」
「 ええ 」
本当に、自分でも不思議と本当に、体が軽くなった気がした。呼吸も落ち着いた。
ふーっと大きく息をつく哀に、コナンは、手を差し伸べた。
哀は、黙ってその手をつかみ、立ち上がった。
時間がゆっくりと流れた気がした。先ほどとは違った意味で鼓動が早まり、うるさかった。
「 お前さ、寝てないだろ 」
「 寝てるわよ、別に 」
「 昨日は3時以降、一昨日は2時以降、その前は4時前後まで起きてた 」
「 なっ…によ、盗聴器でも仕掛けてるわけ?それとも覗き? 」
探偵のカンだとか言わないわよね?
大体当たってることに驚き、つい憎まれ口をたたいてしまう。
貧血で少し視界がぼやけてしまっていたが、今は彼の顔がはっきりと見える。
――少し背が伸びただろうか、声が低くなっただろうか。
自分と至近距離のところに立っているコナンは、噂通りメガネをかけてはいなかった。
胸元に帝丹中学、と書かれたサッカー部のジャージを着て、自分からは少し目線をはずし、斜め下のほうを見ている。
その姿が、本来なら23歳であるはずなのに、思春期の男の子そのものだ、と哀は吹き出しそうになった。
しかし、ちゃんとお互い成長している。その事実にほっとしたのも確かであった。
コナンは、スっと哀のスカートの左ポケットに手を入れた。
その行動に少し面喰って、声が出そうになるのをぐっとこらえた。
「 やっぱり 」
コナンが哀の前に差し出したのは、探偵バッジだった。
「 オメー、ピンチになるとこのバッジ握りしめるだろ 」
事件の真相が分かったときと同じ顔をしている。全てお見通しだと言わんばかりの、あの自信にあふれた笑み。
今度は哀のほうが、コナンから目をそらす番だった。
「 握りしめすぎてボタン押しちゃってて、こっちでピーピー鳴ってんだよ。夜中もうるさくて眠れねーっつーの 」
言いながら、自分のポケットから同じ探偵バッジを取り出す。
「 …なんで持ち歩いてんのよ 」
「 オメーもな 」
「 今もそれで…来てくれたの…? 」
「 …休憩でお茶飲んでたらかばんの中で鳴ってたから……もう帰ったかなって確認しようとしたら…座り込んでて 」
「 …バカじゃないの 」
「 ハイハイ 」
こらえきることのできなかった涙をこぼした。ぬぐってもぬぐっても、頬を伝った。
いつぶりに話すのだろうか、なんでこんなにも自分に優しくしてくれるのだろうか、いろいろな思いをめぐらせながら、泣いた。
「 灰原、やばくなったら返答してやっから、それ鳴らすの止めんなよ 」
「 …メガネがなくて… 分かるの?私の居場所… 」
「 ヨユーだろ 」
「 …そう 」
何の根拠もないのに、彼なら大丈夫だと思ってる私も私だけど。あっさりヨユーだという彼にあきれて涙が止まってしまった。
「 頼りにしてるわよ?スーパーマンさん 」
「 ハイハイ 」
End.
pixiv 2012.08.29
再校正 2014.11.01