すれちがい

「 江戸川ってさ、灰原さんと幼馴染で、家も隣同士ってまじ? 」


 昼休み。

 いつものように購買でパンを買ってきた江戸川コナンは、教室に戻り、自分の席に着いた。

 ここでいつもなら、昼食を早めにすませ、グランドに出て、サッカーでもするところであろうが、今日はあいにくの雨。夕方から激しい雷雨になるとのことで、放課後の練習も中止になった、と先ほど連絡が入ったところだった。


 そこに話しかけてきたのは、コナンと同じクラスでサッカー部の少年だ。

 人懐っこくて人当たりも良い彼とコナンは、クラスも部活も同じだということもあり、一緒に過ごすことが多かった。


「 灰原? 」


 珍しいその名前だが、聞き間違えるなんてあり得なかった。

 しかし、そう聞き返したのは、ここ最近顔を合わせていないためだろうか。


「 灰原哀!1年A組の!! 」

「 ああ…幼馴染っていうのか?小学校同じだけど 」

「 まじなのか! 」


 目を輝かせて驚く彼は、少し怒っているようにも見えた。

 コナンはその様子を見て、ジト目で「 …なんだよ 」と聞いた。


「 いやーさー…なんつーかさー…いいよな、灰原さん 」

「 はァ?どこが 」


 予想と反した答えに、少し拍子抜けする。

 コナンにとって哀とは、どこか優しいところがあると分かってはいるのだが、やはりツンケンしたイメージしかなかった。

 ましてや、少年探偵団以外の誰かに「 いいよな 」などと言われる好感触な灰原なんて。


「 どこって…ハーフで美人!ミステリアスで秀才!そのくせ面倒見が良くて男女問わず人気!! 」

「 …誰が?灰原が? 」


 面倒見が良い?灰原が?

 そりゃ悪くはないだろーが。あれだけ年上なんだし。


「 俺なんかさー、本とか読まねーのに放課後たまに図書室とか行っちゃってさー 」

「 お前サッカー部だろふざけんな練習来いよ!っつーかなんで図書室なんだよ 」

「 灰原さんが図書委員だからだろー?そこだけ唯一会話できんの! 」

「 会話ってなんだよ?言ってみ? 」

「 はい、…返却期限は1週間後の何日です。…ありがとうございました 」

「 …事務的だな。会話って言わねーし、それだとお前しゃべれてねーぞ 」


 それにしたって。

 放課後、好きな子に会いに図書室に行くなんて恋する中学生かよ。いや、そうなんだが。


 しかもよりによって灰原かよ。いくつ年離れてんだよ。いや、一見同い年だが。

 アイツ年下に興味とかあんのかな…


 ………


 中学校生活、楽しくやってんのかな。慣れないことだろーに。

 友人はできたのだろうか。恋愛なんてするのだろうか。


「 そこで物は相談なんだが江戸川くん 」

「 断る 」

「 まだ言ってねーから! 」

「 いや分かる。今日は雨。放課後の室内練習もなし。一緒に図書室行けってことだろ? 」

「 正解!え、いいだろ一緒に図書室くらい 」


 協力しろってことか、オレに。

 仲を取り持てってことか、オレに。

 そんなことをしたら、アイツは鬼の形相だろう。


 ‘ ちょっと工藤くん、どういうつもり? ’


 もうすっげー想像つく。恐怖。


「 灰原なー…最近しゃべってねーしなー… 」

「 なんでだよもったいない 」

「 クラスどんだけ離れてんだよ。オレらE組だし。別に登下校でも見かけねーし 」


 これは事実だった。

 もう入学から5ヵ月にもなるが、灰原とはめったに顔を合わせることがない。


 事件で忙しいし。そんなこと言うと心配するだろうし。


 ………


「 なー頼むよ江戸川ー 」

「 だって灰原だろ?オレだって気まずいって、若干 」

「 江戸川しか頼むやついねーんだよー 」

「 い・や。っつって 」


 急に怪訝な顔をして「 なんだよそれ 」と尋ねた少年に、コナンは、「 なんでもねーよ 」とぶっきらぼうに返事した。


「 あ、でもそういえば江戸川の読みたいって言ってた推理小説が図書室に入っ「 行く 」


 今までのやり取りがウソのように、コナンは、二つ返事で放課後に図書室へ行くことを約束していた――…


*


 放課後、哀はいつものように図書室に向かった。

 部活に所属していない哀は、月・水曜日の週2回、放課後の図書室で図書委員の仕事を任されていた。

 特に自分からすすんでやりたかった委員でもないが、この仕事が自分には合っていると哀は思っていた。古びた書架のにおいも好きだし、放課後、人の少ない図書室でのんびり自分のやりたいことができるのも気に入っていたのだ。


 今日は雨だということもあるからか、いつもより少し人が多い。

 とはいっても、司書の人もいることから、仕事内容がいつもより大変になる、ということはなかった。


「 灰原さん、準備室のカギ取って来てくれる?職員室にあるから 」

「 分かりました 」


*


「 あれ?いねーじゃん。司書さんだけだぞ 」


 図書室に入ってすぐのところにあるカウンターにちらりと目をやって、コナンは小声で言った。

 いつもより生徒は多いといっても、やはり図書室。本を読んでいる生徒も、勉強している生徒も、皆黙っている。


「 うそだろ?確か水曜日が図書当番だったと思ったのに 」

「 お前気持ちわる「 それだけは言わないで江戸川くん 」


 これ知ってるのオレだけじゃねーんだ、…いや、これ本当、とジト目をしているコナンに反論した。


「 体調悪くして帰ったんじゃねーの?昔からなんか不健康だったし 」

「 よく知ってんのな江戸川くん 」

「 とりあえずオレはこれだけ借りて帰るから。教えてくれてサンキューな 」


 いつの間に取ったのだろう、新刊コーナーにあったその推理小説は、もうすでにコナンの手の中にあった。

 これ忙しくて買うの忘れてたんだよな、と珍しく顔をほころばせる。すでに読書のスイッチが入っているようだ、コナンは最初のほうのページをパラパラめくっていた。おそらく今日はこのあと、小説を読み切ることだけに専念することであろう。


「 くっそー…それ返すときリベンジな 」

「 いや返却ポストに入れるわ 」


 コナンはニッと笑いながらきっぱりと断り、そのままカウンターに向かった。


「 これお願いします 」

「 はい 」

「 こんなの図書室に入れてくれるんですね。マニアックすぎて誰も読まないんじゃないですか? 」

「 リクエストされれば、基本的に何でも入れてるわ。―ただし、図書室を推理小説だらけにしないでね、江戸川コナンくん 」


 スポーツ万能で頭も良くさらに顔立ちが整っていることから、コナンもまた、哀と同じように職員の間でも有名であった。


「 いやあ、ははは…――ありがとうございます 」


 そっと扉を開き、2人は図書室をあとにする。

 校内に人はまばらでシーンとしており、雨の音だけが響く。暗くなって来たので雷が鳴りだすかもしれない。早いところ帰らなくては。


 ………


 アイツ本当に帰ったのかな。今日は朝から雨だったから、傘ぐらい持ってるだろうが。


 正直、中学校にあがってみんなクラスが離れて、これはこれでよかったのではないかと思う。

 寂しいことではあるが、月日が経つとともに友達もうつりかわっていくことなんて、よくある。

 一緒にいる人が与える影響というものは、自分というものを作り出す過程で非常に重要になってくる。特にこの学生時代においては。自分や灰原はともかく、あの3人には、もっといろいろな世界を知ってほしいし、自分の生き方を見つけてほしいと思う。


 …いや、これは灰原に対しても然りだ。


 灰原には、今まであったこと、組織のことを別にして、中学校生活を楽しんでほしいと思っている。

 この半年近く、関係性が薄れてきたのは確かだが、これはそんな思いもあって、自分が灰原と意図的に顔を合わせないようにしているからなのかもしれない。

 自分と顔を合わせると、嫌でも組織のこと、開発していた薬のことを思い出すだろうから…


 普通の、女の子として…


 今日、久しぶりに灰原の話を聞けてよかったな、と思う。

 さらに会うことはできなかったが、これでよかったんだ、と思う。アイツはアイツなりに楽しんでいるようだ。周りとの人間関係も上手くいっているようだし。

 ――そして自分も自分で今が楽しい。


 これでいいのだ。これで…


 ………


「 あーあ絶対また来よーなっ 」


 靴を履き、傘をさす。この雨だと、すぐに足元が濡れてしまいそうだ。

 そしてお互いの声も聞きづらい。ついつい大きな声を出してしまう。


「 行かねーよ!お前は練習に来い。歩美に迷惑かけんな 」

「 …吉田さん、も…可愛いよな 」

「 あぁ?歩美はぜってーダメだろ 」


 気が多い、中学生にはありがちな発言にコナンは顔をしかめた。

 しかしなんだって灰原に歩美なんだ。他にも女の子はたくさんいるであろうに。


「 なんでだよ。え?なんでだよ。江戸川、吉田さんのこと好きなわけ? 」

「 バーロー、部内で恋愛すんなって言われてんだろ?歩美はマネージャーなんだから 」

「 なんだよ…びっくりさせんな 」


 …歩美、か。

 アイツも蘭みたいに正義感が強いし大丈夫だとは思うが、変な男に引っかからないでほしい。

 これは歩美や元太や光彦の成長していく過程をずっと見てきたから思う、親心のようなものであった。


 ………


 少年探偵団、か。なんか夢みたいだったな。


 自分は探偵業を続けていくつもりであるし、事件の捜査にも必要であれば協力していきたいと思うが、このことだって彼らには刺激が強すぎることだったのだ。

 危険も伴うし、人から恨まれることだってあるし、もっと日の目に出ていることをやるのが一番だ。心の成長にだって阻害する働きが大きいだろう。ここまで素直に育ってくれたことは奇跡だと思う。


 いい機会だ。いったん探偵グッズも整理して片づけてみようか。いつまでも博士の道具に頼ってるいるのではダメだろう。


 …いや、冷静に本を読んでからだな。

 さっさと夕飯食って寝る前に読破!そんで明日の朝起きて二度読み!よしっ!


*


「 先生、カギの位置変えました? 」


 職員室から戻ってきた哀は、少し急いでいた様子だった。図書室閉館まであと少し。空も暗くなってきた。雷でも鳴り出すのだろうか、早く帰りたいところだ。


「 …変えてないと思うけど… 」

「 いつもの場所になくて…遅くなってしまって…すみません 」

「 いいのよ。あと10分で閉館だから、いつもどおり返却された本、元の位置に戻しておいてね。そんなに多くないから 」

「 はい 」


 哀は返却本のコーナーから本を取り出した。確かに、7、8冊で新刊ばかりだ。これなら5分もかからず終わるだろう。

 ――そうだ、今日は雨だし丁度良い。この間自分でリクエストした本を借りて帰ろう。分厚い本だったし、退屈しのぎには最適だ。


 見失うはずのない特徴をもっていた装丁の背表紙の推理小説を探した。

 ――しかし、作者順に見てもどう考えてもあるだろう場所に、その本はなかった。かわりに、明らかに本が抜かれたようなすき間があいている。

 哀は首をかしげた。それほど有名でもないし、あんな難しそうな推理小説、誰が読むのであろう…


「 すみません、こないだ私がリクエストして入荷したばかりの本、誰か借りていきました? 」

「 ―ああ、あの本ね。さっき、江戸川くんが借りていったのよ 」

「 江戸川くん? 」


 珍しいその名前だが、聞き間違えるなんてあり得なかった。

 しかし、そう聞き返したのは、ここ最近顔を合わせていないためだろうか。


「 E組の江戸川コナンくん。ほら、サッカー部の。―知らない? 」

「 いえ、知ってます…そうでしたか… 」

「 ―そんな分厚い推理小説、リクエストした灰原さんくらいしか読まないんじゃないかって思ってたわ 」

「 私もそんなに推理小説には興味ないんですけどね 」


 彼のことだから、もうとっくに購入して、読み切っているものだと思っていた。図書室で本を借りたりとか、するのね。

 なぜだか嬉しさがこみ上げ、表情がゆるみそうになったのを必死でおさえた。


 また、来てくれるだろうか。

 そのときのためにまた、マニアックな推理小説のリクエストでもしておこうか。

 そんなことを考えながら、残りの本を片づけた。


*


「 なーなー、江戸川から見た灰原さんってどんな? 」

「 そーだなー…たまに見かけると嬉しい、近所の野良猫みたいな奴 」




End.


 pixiv 2012.09.13

再校正 2014.11.01