昼下がりファンファーレ

― 2 ―

 現場は大通りから一本入ったところにあった。狭い路地が、一時的に警察車両でいっぱいになっている。

 どうも、と工藤が声をかけると、その場にいた高木をはじめ、刑事や関係者がそれに応える。もうすっかりお馴染みの光景だった。


「 ――確かに、そっくりですね、先月の自殺と 」

「 そうなんだよ。遺体の位置も、死因が薬物の服用によるものであることも同じ。さらにその薬品も同じなんだ 」

「 身元は分かっていますか? 」

「 ああ、財布に身分証が入っていたからね。ええっと名前は―― 」


 亡くなったのは40代サラリーマンで、既婚者の男性。職場がこの近くにあり、営業先から帰る途中だったように思われる。

 所持品として、財布は持っていたものの、お札は入っていなかった。普段身に着けていたという高価な腕時計も見当たらない。しかし、仕事用に会社から支給されていたタブレットと、被害者自身のものであるスマートフォンは、鞄の中に入っていた。


「 金品が目当てだったのかしら…? 」

「 でも、だとしたらタブレットの類も持ち去られておかしくない 」

「 それなんだけど、1つ妙なのが、スマートフォンが初期化されていたんだよ 」


 見つかったタブレットに異常はなかったが、スマートフォンだけが初期化されていた。もし、何者かが被害者を殺害したあとで悪用し、データを消したかったのなら、他の金品と一緒に持ち去ればいい話なのに、と一同は表情を曇らせた。


「 それで、先月の男性との接点は? 」

「 今のところ見つかっていない。先月の男性は身寄りのないフリーターで、金目当ての犯行でもなかったしね 」

「 …先月の所持品って、財布と携帯電話だけでしたよね?…二つ折りの。――そのデータって見られます? 」

「 ああ、まだ保管されてるから……確か初期化なんてされてなかったと思うし… 」

「 じゃあちょっと、今から言うことを署にいる人で確認してもらっていいですか? 」


 メモにまとめますので、と工藤はジャケットのポケットから手帳を取り出した。2、3箇条書きにして渡すと、少しだけ満足気な表情で、署に電話をかける高木の後輩刑事の後姿を見つめた。

 そんな彼に、ちょっと…と眉間にしわを寄せて声をかける。


「 何か分かったの? 」

「 んー…もしこれが連続殺人だとしたら、薬物での殺害方法なんて選ばないだろ?――ここは狭い路地だし、被害者にあやしまれずに薬物を投与するなんて難しいからな 」

「 ――でも、背後から気を失わせるとかで、どうにでもなるんじゃない? 」

「 ……おい、それ誰の話だよ? 」

「 あら、あなたそうだったの? 」

「 ……とにかく、目立った外傷もないし、それはない。――この2つの事件で、共通点をのぞき、1つだけ不可解なのが――…っと、 」


 ブーッブーッと、工藤の私用のスマートフォンが震える。電話がかかってきたようだった。

画面を確認すると、一瞬、おや?と不思議そうな顔を見せたが、その場を少し離れ、もしもし工藤です、と電話に出た。


 その様子を横目で見ながら、‘1つだけ不可解な点’について考察してみる。

 ――スマートフォンの初期化のことだろうか?一体、誰が何の目的でそんなことをしたというのだろう。何か隠したいものでもあったのだろうか。着信履歴?メール?…しかし、そんなものすぐに復元できてしまうだろう。

 また、先月の男性の携帯電話のデータは残されたままだったというのも気がかりだ。それに関しては、今、調べてもらっているようだが…何が分かるというのだろうか。




 日が傾いてきた。高層ビルの谷間となっているこの路地にも、少しだけ夕日が差す。

 このところ研究室にこもりっ放しで、外に長時間いることが少なかったため、アスファルトから伝わる暑さに思わず後ろの髪をかき上げた。

 いつの間に隣に戻ってきたのだろう、暑いな、と工藤が呟いた。


 そこへ、先ほど頼みごとをした刑事が慌てた様子で高木に声をかけた。高木は少し驚いた表情を見せたあと、真剣な様子で刑事からの報告に聞き入っている。


「 ――よし。これで一気に解決に向かうだろう 」


 思ったとおりだと言わんばかりの表情を浮かべている工藤に、解せない表情で、そうみたいね、とだけ返した。


*


「 死んだ男性2人は、SNSサイトで繋がってたんだ。 」

「 SNS?じゃあスマートフォンの初期化させたのは… 」

「 ああ、薬物の入手も先月との男性のやり取りも、あの端末1つでやっていて、それを消したかったんだろうな 」


 先月亡くなった男性の携帯電話から、某SNSサイトの閲覧履歴が見つかった。アカウントは既に削除されてしまっていたが、復元可能であったために、今日亡くなった男性との繋がりが明るみに出たのだ。

 つまり2つの事件は、期間が空いていて、かつ同じような現場状況であったために、事件性のあるものだと捉えられたが、実際は個々の自殺志願者が繋がりをもち、自殺を図るに至ったという単純なものであった。


 意外にもあっさりと解決に向かった事件に、高木は急に呼び出した2人に平謝りをし、大通りに面したカフェでテイクアウトできる冷たい飲み物を買ってくれた。汗をかいたプラスチックのカップをすべらせないように持ちながら、果実のたっぷり入ったフルーツジュースを味わった。


「 でもどうして2人とも同じような現場を残して自殺を図ったのかしら? 」

「 他殺に見せたかったのかもしれねーな。2人目の男性は家族もいたし。中途半端だったけど、金品も身に着けてなかったのも、そういうことだろう 」


 そう言って、んーっと大きく伸びをする。そういえばフットサルで体を動かしている最中に、無理やり連れてきたのだった。




 事件現場から少し離れたパーキングエリアに車を停めていたために、2人はそこまで歩く。

 途中、1台の外国製の車がこちらに近付いてきて、ゆっくりと速度を落とした。


「 あ、 」

「 え? 」


 運転席側のパワーウィンドウが開くと、男性が顔を出し、工藤!と声をかけてきた。

 見覚えのある顔。聞き覚えのある声。しかしそれは、実際に出会ったことがあるとかではなく――…



「 比護さん!――よかった、ここで会えて 」


 彼が笑顔でそう声をかけたのは、あの比護隆佑だった。――その境遇を、かつての自分と重ね、いつしか好意的に見るようになった、プロのサッカー選手。

 

 どうして、と思う。無意識のうちにジュースのカップをギュッと握ってしまい、中の氷が音を立てて揺れた。

どうしてここにいるのか、どうして2人が顔を合わせているのか、目の前で起きていることが全て不思議に思えて、目を白黒させる。と同時に、サッと工藤の陰に身を隠したのは、小さかった頃からのクセかもしれない。



「 今どこかに車を停めようかと思ってたところだったんだ。――ほら、 」


 窓からスッと小さめのスポーツバッグを差し出す。シューズケースのようだった。


「 すみません!急いでいたとは言え……――本当に助かります。ありがとうございます 」

「 いや…通り道だったから…もう忘れんなよ 」


 どうやら先ほどのフットサルコートに、シューズの忘れ物をしたようだった。それを受け取ると、そうだ、と工藤が続ける。


「 皆さんどうされました?また飲みにでも行きました? 」

「 そう、汗かいたあとの一杯。オレは車だし、明日、朝が早いから… 」

「 ああ、やっぱり。事件さえなければな…まあ僕も車ですけど 」

「 じゃあ夕飯時だし、どっか行く?久々に工藤とゆっくり話がしたいと思ってたし 」


 静かに日が落ちてきた。時刻は19時をまわろうとしているところ。

 そういえばお昼過ぎに起きてからロクに何も食べてなかったことを、半ばボンヤリとした意識の下で思い出した。


「 よかったら工藤の彼女も一緒にどうぞ 」


 不意に視線が自分のほうに向いて、思わずドキリと目を見開く。すぐにパッと視線を逸らしたのは、感じが悪かったかもしれない。少しだけ後悔するも遅かった。

 そんな社交辞令に真面目に答えるつもりもなく、工藤が何か否定するだろうと黙っていたら、彼は口元に笑みを浮かべてこう言い放った。


「 愛想よく振る舞えよ? 」






pixiv 2014.06.14